Friday 3 February 2017

イギリスを知る映画 vol.1 ベッカムに恋して(1)

大学生のとき「イギリス社会」という講義を受講した。イギリス人の教授が選んだ1940年代から2010年代までのイギリス映画10本を通して、イギリス社会を知るという内容だった。その講義がとてもおもしろく、それからというもの私はイギリス映画を貪るように観た。不定期連載(なんていうと大げさだけど)、「イギリスを知る映画」では、多様で複雑なイギリス社会を映しだす作品をご紹介していきたいと思います。



イギリスを知る映画 vol.1 Bend It Like Beckham /ベッカムに恋して(2002) 

「ベッカムに恋して」が公開されたのは日本がベッカムブームの真っ只中だった2002年、日韓ワールドカップが開催された年である。若かりし頃のキーラ・ナイトレイを含む2人の少女がサッカーのユニフォームを着て仁王立ちしている写真は何度か目にしたことが
あった。けれど「ベッカムに恋して」という邦題からベッカム人気に乗じた映画だろうと思い込み、なんとなく避けていたのだ。

つい最近オンラインで映画を探している時に目についたのが「サリーを身にまとい、スパイクを手に持った女性の後ろ姿」の写真。どんな映画だろうと思い、題名「Bend It Like Beckham」を読んで初めて「ベッカムに恋して」だと気がついた。

あらすじ


ロンドン郊外に住む18歳のジェス(パーミンダ・ナーグラ)はインド系イギリス人。インドの伝統と文化を重んじる移民1世の両親の元で育ち、学校の成績は優秀。そんな彼女が熱中しているのがサッカー。憧れの選手はベッカムで、部屋は彼のポスターで埋め尽くされている。ある日、近所の公園で幼馴染とサッカーをしているジェスを偶然見かけたジュールズ(キーラ・ナイトレイ)はジェスを自身が所属する女子サッカーチームに勧誘する。コーチにも見込まれ、練習に励むジェスだったが、厳格な両親は猛反対し・・・

感想からいうと、これは傑作だと思う。「性別」「文化」「家族」「伝統」いろんなしがらみの中で生きる少女がサッカーを通して自分のアイデンティティを探していく。ロンドンに住むインド人だけじゃなく、世界中で起きている「〜らしさの押し売り」をサッカーを中心にすることでとても分かりやすく説明している。でも、そんなことを抜きにしても、コメディタッチの青春映画として十分楽しめます。

映画の背景 -ロンドンにおけるインド系移民-


イギリスは多民族国家である。政府による調査では、ロンドンでは3人に1人がイギリス国籍を持たないという結果が出ている。(Oliver 2017:17) 2015年の調査によれば、イギリス国籍を持たない人々の上位5カ国は1位から順にポーランド、インド、アイルランド、ルーマニア、ポルトガルであった。(ONS 2016) 非EU圏にも関わらず、移民人口の多くを占めるインド系。その歴史はイギリスのインド植民地支配にまでさかのぼる。1857年以降、大英帝国の植民地支配下で多くのパンジャーブ人がイギリス軍に従事し、中でもシク教徒はエリート軍隊として第一次世界大戦で活躍した。第二次世界大戦後、深刻な人手不足に陥ったイギリスの労働力となったのもパンジャーブ人であった。かつて軍隊で働いた彼らやその家族は手工業やサービス業、そして当時民間空港とした開港したばかりのヒースロー空港に働き口を見つけ、多くの人々がイギリスへと渡った。(STRIKING WOMAN 2017) 英連邦出身である彼らは自由にイギリスへ渡ることができたのだ。1962年に英連邦移民法/Commonwealth Immigrants Act が制定され、元植民地であった国からの移民にも制限が課されるようになるまでこの流れは続いた。

シク教の教祖グル・ナナークの肖像画が飾られたリビング

この映画の主人公ジェスの家族も、シク教パンジャーブ人。そして西ロンドンのインド人が多く居住するハウンズローに住んでいる(ここはヒースロー空港から近い)。ジェスの父親はナイロビ(ケニアも英連邦である)にいた頃クリケットのスター選手だったが、イギリスに渡ってからは人種差別にあい挫折した。そのため彼はマイノリティが認められるには学歴が必要だと考えており、成績優秀なジェスに弁護士になってほしいと思っている。彼らは郊外にある一軒家に住み、車を持っている。暮らしぶりから察するに、ミドルクラスに属すると思われる。イギリスが階級社会でなくなったと言われて久しいが、未だに階級意識は残っている、と思う。それらは地域、家、スーパー、新聞、まだまだ色んなものに現れている。特に映画を見るときに、それがどのクラスの人々の話なのかは重要になってくる。

実はこの映画は監督の経験が強く反映された作品である。監督のグリンダ・チャーダは1960年ケニアのナイロビでシク教インド人の両親の間に生まれ、彼女が2歳の時に一家は西ロンドンのインド人街サウスホールに渡る。彼女の父親は宗教上の理由で髭を伸ばし、ターバンを巻いていたためイギリスでは差別にあったという。一方で、彼女はインド人とイギリス人という2つのアイデンティティの狭間で葛藤する。民族衣装を着ることや、家族のために料理をすることを拒否したこともあったそうだ。この映画の中でも、インドの伝統を尊重する移民1世と、イギリスで生まれ育ち「イギリス人」と「インド人」という2つのアイデンティティを持つ移民2世の間のジェネレーションギャップも重要なテーマになっている。

次回は映画の見どころについて🎬

本日も読んでいただきありがとうございます。 「イギリス情報」と書かれたバナーをクリックしていただけると励みになります🌹

  にほんブログ村 海外生活ブログ イギリス情報へ
にほんブログ村

参考資料

Oliver Hawkins
2017 'House of Commons Library BRIEFING PAPER Migration Statistics
          Number SN06077, 27 January 2017' .

ONS
2016 'Population of the UK by Country of Birth and Nationality:2015'
(https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/populationandmigration/internationalmigration/bulletins/ukpopulationbycountryofbirthandnationality/august2016#poland-is-the-most-common-non-uk-country-of-birth-and-polish-is-the-most-common-non-british-nationality), accessed:2017/2/2.

STRIKING WOMAN
2017 'Post 1947 migration to the UK - from India, Bangladesh, Pakistan and Sri Lanka' (http://www.striking-women.org/module/map-major-south-asian-migration-flows/post-1947-migration-uk-india-bangladesh-pakistan-and), accessed:2017/2/2.

No comments:

Post a Comment